中国では皇帝が執務不能である場合に皇族が監国として政務を主宰する例がある。監国には主として皇太子が就くが、清では皇帝の叔父(ドルゴン)や実父(醇親王載灃)が摂政や監国として政務を執った例がある。(他に明では、土木の変の最、皇弟であった後の景泰帝が政務を代行し、元ではクリルタイを経ないと正式な皇帝<大ハーン>になれないため、初代テムジンから5代目フビライまでの空位期間は必ず監国が置かれた<その後中華体制に組み込まれ、皇帝崩御に必ず監国を置くことはなくなった>)
また歴代王朝を通じて皇太后が垂簾聴政を行う場合もある。
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チベットにおいては、チベット仏教の最高指導者と政治上の最高指導者を兼ねるダライ・ラマ(法王)は、死去した後も転生によってこの世に生まれ変わり続けると信じられていた。ダライ・ラマが逝去した際にはチベット仏教の高僧の中から摂政が任命され、転生者の捜索の責任を負うととともに、新ダライ・ラマが成人するまでの間の政治の全権を掌握した。現在のダライ・ラマであるテンジン・ギャツォ(ダライ・ラマ14世)の場合にも、即位の1940年から中国人民解放軍のチベット侵攻後の1950年までの間は摂政(初期はレティン・リンポチェ、後半にはタクバ・リンポチェ)が置かれていた。